【小林一三】ライセンスプラスで学ぶ~時代を先取りする能力~

【登録不要】9分44秒の動画を視聴する

★コース概要★

明治時代に始まった日本の富国強兵策により、財界が殖産興業を中心に動いていた頃。

小林一三(こばやし いちぞう)が後に経営の実権を持つ大阪北部の電鉄事業も、

インフラとしての役割が期待されていました。

一三は国策としての運搬事業を展開するのではなく「ゆとりある生活の提供」を目指し

住居と娯楽をつなぎあわせる路線として沿線計画をスタートします。

一三が持っていた時代の先を読む力と、

自分を信じてやり抜く集中力を学んでいきたいと思います。

ライセンスプラスより引用

小林一三についてウィキペディアで調べてみた

阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道をはじめ、交通、住宅地経営の不動産業、阪急百貨店の小売業、東宝宝塚歌劇団阪急ブレーブスの興行業など、阪急東宝グループを成す数多くの事業を興したことで知られる。

小林は「乗客は電車が創造する」との言葉を遺しており、沿線の地域開発により人口が増加し、その住民の需要を満たすことに商機を見出していた。彼が起こした事業は多岐に及ぶがいずれもこの動線を捉えたものであり、これは日本の私鉄経営モデルの祖として後に他が倣うところとなった。また小林は事業に取り組むに当たっては実に細かい点にまで顧客志向の注意と配慮を行っており、商品開発に独特の才覚があったことが著作や評伝から窺われる。

小林は阪急東宝グループの各事業での成功により財界で重きをなすに至り、グループ以外にも東京電燈の経営に参画、日本軽金属の初代社長などを務め、国政で商工大臣、無任所の国務大臣を務めるなど、財界の重鎮としても活躍した。

明治時代には若尾逸平根津嘉一郎ら山梨県出身の実業家が郷土意識に基づく緩やかな資本提携により経済界や東京府政に影響力を持ち甲州財閥と呼ばれているが、小林は関西を中心に活動した地方財閥と見なされているため、甲州財閥とは区別される[注 1]

実業界屈指の美術蒐集家、また茶人としても知られ、集めた美術品の数々は、彼の雅号をとって「逸翁(いつおう)コレクション」と呼ばれている。これらを集めた「逸翁美術館」が、彼の旧邸・雅俗山荘があった大阪府池田市にあり、美術館は以前は雅俗山荘の建物が使用されていた。雅俗山荘は小林一三記念館として一般公開されている。

近代日本料理の創始者とも言われる湯木貞一と親交が深く、彼が開いた料亭吉兆の初期の頃からの客であった。上客でもあったため、当時の料亭内では小林を「神様」と呼んでいた。wikipediaより引用

【小林一三:名言集】

儲かる事業ではなく、大衆の喜ぶ事業を。












出世の道は信用を得ることである。
  1. 正直でなければならぬ。あの人には気を許すことができないと言われるようでは、信用は得られぬ。
  2. 礼儀を知っていなければならぬ。粗暴な言辞、荒っぽい動作では、これまた信用は得られない。
  3. ものごとを迅速、正確に処理する能力がなければならぬ。頼まれた仕事を催促されるようでは、やはり信用が得られない。










 【小林一三に関する書籍一覧】

逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想 (講談社学術文庫)

小林一三 天才実業家と言われた男 (ロング新書)

鬼才縦横 〈上〉―小林一三の生涯 (日経ビジネス人文庫)

小林一三 時代の十歩先が見えた男

小林一三 (学習漫画 世界の伝記NEXT)

日本の企業家 5 小林一三 都市型第三次産業の先駆的創造者 (PHP経営叢書)

小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか

私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫)

鬼才縦横 〈下〉―小林一三の生涯 (日経ビジネス人文庫)

私の行き方

小林一三―発想力で勝負するプロの教え (ビジネスの巨人シリーズ)

天才実業家 小林一三 価千金の言葉

経世済民の男 小林一三 [DVD]

小林一三の知的冒険―宝塚歌劇を生み出した男